2017年07月05日

歳をとると子どもに戻るって本当だなぁ・・・。

 
55年前の昭和37年7月4日、自分は岩手の釜石に生まれた。そして、55年後の7月4日に何をしていたかというと、母親の介護の打ち合わせ
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転倒防止のため介護リフォームで手すりをつけること、掃除や洗濯ができなくなっている対応としてヘルパーさんに助けてもらうこと、デイサービスでの過ごし方をちょっと変えること、自分でできなくなっている口腔ケアを歯医者さんに訪問ケアしてもらうこと、などいろいろなことを、ケアケアマネさん、ヘルパーさん、デイサービスのスタッフさん、歯科医師さんと打ち合わせしてきた。
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母親本人の反応はと言うと、「これこれこうゆう理由でこうすることにするから」という説明に対して、「まだ大丈夫だから、そんなのいらない。自分はできているから、そんなの必要ない。」と、環境が変化するのが煩わしいからか、今までできていたというプライドからか、全てにおいて素直に受け入れる気持ちはなし

前からそんな反応はあって、最初のころは大人対大人として自分もまともに反応してイライラしたりしていたけど最近はだいぶ寛容になってはきている。とはいっても、自分の今の能力を認識することは避けて、心配している周囲の考えを受け入れないことにはやはりちょっとイライラしてしまう。

イライラしながら思ったことは、「歳をとると子どもに戻るってこうゆうことなんだなぁ。」ってことと、

「自分が魔の2、3歳児だった頃は、きっと同じようなイライラを母は感じていたのでかもしれないなぁ。」ってこと。

会社員という免罪符で子育ての大変な時期を妻に任せきっていたことや、子供レベルのプライドで母にイライラさせたこともあったんだろうなという後ろめたさもあるから、まぁ、85歳のイヤイヤ期の子供の面倒をみるという気持ちに切り替えて対応していくのが自分の精神衛生上もいいんだろうな。
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自分を育ててくれた母に対して、ちょいとイライラすることはあっても、こうゆうことをしてあげられたということがあれば、自己満足だけど、母が亡くなった後に後悔することは少ないだろうし。

物忘れもそれなりに進んでいるので、変える前はウダウダ文句を言い続けていたけど、いざ変化させ、それに慣れたら、なにも言わなくなってることも多々あるし、自分にとって負担が大きいことはなかば強制的にやって慣れてもらうのがいいんだろうな。
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ということで、これから85歳の子育てをやっていこう!、と考えた、55歳の初日。
posted by すまいるクロス/みなかた at 01:43| Comment(0) | 徒然

2017年03月12日

消すことのできない後悔・・・

 
「早く寝ろよ!」「うん。」

大学に入学して約1ヶ月、新たな生活が始まった自分と就寝前の父とのおざなり的な会話。その会話を最後に、その夜父は脳卒中で意識を失い、病院に運ばれ意識が戻らないまま還らぬ人となった。

父が亡くなった歳近くになった今、育ててくれた感謝の気持ちを直接伝えられなかったことへの後悔が年々大きくなっていく。

その時が最後だとわかっていたなら・・・。

もし父との明日が来ないとわかっていたなら・・・。


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昨夜、母の買物介護に行った帰り際、母が自分に向かって言った。

「今日はありがとね。」

後悔がひとつ減った気がした。

日常に慣れ、春日井から週一で通っての買物介護や生活環境改善、仕事もできなくなるし、ちょっと大変だなぁ、という気持ちが芽生え出していた矢先、6年前の3/11に出張滞在中の中国で考えたことを改めて思い出させられた。

母が亡くなった後に後悔しないように、自分が亡くなるときに後悔しないように、6年前の生まれ故郷の被災はそれを考えさせてくれて、人生を変えることへの後押しをしてくれた。

母からあと何回「ありがとうね。」と言ってもらえるのだろう。多ければ多いほど後悔は減る。

母との明日が来ない日が来たときに、後悔しない自分でいられるよう行動していかなければ・・・。
posted by すまいるクロス/みなかた at 15:23| Comment(0) | 徒然